早稲田文化構想学部受験の反省と、これからの方針

 昨日、受験が終わった段階で、僕は不合格を確信していた。 英語のうちで最も配点の高い大問Ⅲの英文があまり読めなかったからである。 今回の英文は、僕が苦手とする感じの文だった上に時計の時間がずれていて、予期せぬタイミングで試験が始まってしまったのである。 僕は、試験開始まで残り五分になったら、精神統一をして、最高の状態で問題に臨もう、と考えていた。 ところがどっこい、試験開始のチャイムはその決意をした直後に鳴った。 無理やりに眠りの世界から引き摺り出されて、現実と夢とが混濁して何が何だかわからない時のように、僕はとても動揺した。 痛みを与えてみたり、深呼吸してみたりして、なんとか平静を取り戻そうとしたが、呼吸のひどく浅いのは治らず、正直、大体の問題を勘で解くことになった。

 国語と日本史が終わり(日本史も全然できなかったように思われた)、憂鬱のまま各種交通機関を利用して家へと帰って、解答速報を確認すると、英語も日本史も大体いつも通りにできていたことがわかって、僕は喜んだ。 しかし、今日の夕方、国語の解答速報を見ると、結局合格最低点には届かないことがわかった。 これは大学受験に限った話ではないが、敗北するというのは、それなりに傷つくことだ。 少なくとも、その勝負において勝利するのに必要な能力が自分になかったことが露呈するからだ。 そして、若者特有の根拠のない全能感は幽霊のように消えていく。 一般に、それを挫折と呼ぶ。

 僕は今回、受験勉強における挫折を経験した。 「学歴社会」の中で落伍者となる苦痛を味わった。 これは、おそらくは普遍的な体験であり、誰もがどこかで経験する類の苦痛だ。 早い者では、小学生の時から、教師に罵りの言葉を浴びせかけられ、強い劣等意識を持っただろう。 中学生になると、高校受験という選別を前にして、さらに多くの人間がそのような苦痛を味わい、また高校生になっても、同様の事象は起きる。 そして、救いようのないことに、希望の大学に進学できたとしても、今度は職業選択の場で、入社後の部署配置で、出世争いで、もっと多くの人間がそのような、既存の価値観の中での劣等感を持つに至る。

 しかしそんなことは今関係がない。 今取り上げるべきは、題の通りこれからの方針である。

 ここで問題が一つ浮上した。 僕は元々、早稲田大学では今回の文化構想学部と文学部だけを受験するつもりだった。 しかし、秋くらいにO先生という知り合いの先生に、教育学部の国語国文科を勧められて、そこも受験することにした。

↓ここ

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 だが、今日その学部学科の口コミを見てみると、どうやら、古事記やら古今和歌集やらの研究とか、論語の書き下しを課題としてやらなければならなかったりするようである。

 あかん、僕は思った。

 断っておきたいのだが、僕は決して日本や中国の古典について興味がないわけではない。 藤原定家の歌集も、源氏物語も、西鶴一代女も、曽根崎心中も、松尾芭蕉も、封神演義老子三国志も興味はあるし、いずれ自ら学ぶだろう。 日本語という言語自体も、小説家を志す以上、絶対に向き合わなくてはならないものだし、とてもじゃないがないがしろにはできない。

 しかし、やっぱり僕が愛するのは村上龍であり、村上春樹であり、サリンジャーであり、フィッツジェラルドであり、チェーホフであり、ドストエフスキーであり、町田康であり、前田司郎であり、俵万智であり、ポールオースターなのだ。

 どうして400万近くも払ってまで、そこまでやりたくもないことをやらねばならないのか。

 ということで、出来れば教育学部国語国文科は回避したい。 となると、もう片方の文学部に受かるしかないが、文学部の国語は古文がでっぷり構えており、僕の攻撃を跳ね飛ばすのである。 つい一ヶ月ほど前にのされたばかりだ。

 となると、とりあえず明日の方針はこのようになる。

 文学部の国語を解き、点数を確かめ、もしも55ほど取れる見込みがあるなら、文学部の演習を主として、三日間を費やす。 無理そうなら教育学部国語国文科に絞って、特に国・英の時間配分の調整などに費やす。 つまり文学部は捨てる。 そして、教育学部国語国文科のみが合格した場合、日本大学芸術学部とどちらに行くべきかよく審議する。

早稲田自己模試の簡潔な反省

点数

一回 国語55 英語43 日本史28 合計126

二回 国語62 英語32 日本史29 合計123

三回 国語59 英語51 日本史29 合計139

四回 国語47 英語45 日本史34 合計125

 

目標 国語60 英語55 日本史30 合計150

反省と対策

  • 日本史は対策続行。 効果は出ている。
  • 英語は大問Ⅲでつまづいた。 ある程度は技術で点数は取れるけれども、結局のところ、文章がちゃんと掴めていないと安定した点数は取れない。 今回読みきれなかった原因は、たった一つの単語である。 選択肢中の不明単語については、不明だと言うことを念頭に置いて、より慎重に問題に取り組もう。 今回は、時間がかかったこともあって、焦ってしまった側面がある。
  • 次も英語。 大問Ⅳで思い切りこけた。 こんなことは初めてである。 とは言え、勿論のことながら今から会話文の対策などする時間はないので、正直言ってここは運任せになってしまう。 僕にできることは、大問Ⅲをきちんと解いて9点文を獲得することくらいである。 そして、そうすれば目標に大体は届く。
  • さらに英語。 大問Ⅴ。 英語自体はとても簡単。 論旨の骨格を抜き出すと言うのを意識しよう。 ただ、正直言ってある程度までは正解に近づけるが、それ以上になると問題によって解答すべき範囲が異なってくるから、なんとも言えない。 とはいえ、本番はこの大問は相当易化するので、点数を取りこぼさないように、それだけ気をつけたい。 また、英語は全体的に時間が足りなかった。 大問Ⅲでつまづいたせいだ。
  • 国語。 大問Ⅰは、分野にもよるが、読解に手間取る評論が出るので、頭の中を整理しながら、実際の読書のように、落ち着いて取り組むこと。 試験だからと飛ばし飛ばし行くと、わからなくなることもままある。 ⅠのA。
  • それから、今回は大問Ⅲにおいて古文・漢文共に知識問題が出た。 対策している暇はないので飛ばす。 ただ、本当は解けたはずの問題三問を正解するだけでも、点数は十点ほど上がる。 そして、それが難しいのである。 また、今回の国語は、それなりにベストを尽くしてこれであるから、問題によっては不合格である可能性は十分にある。 ただ、この結果がよくありうることなのか、それとも今回だけの例外なのかは見極める必要がある。 それは残り三日の演習で見分けられる。
  • 対策に変更はない。 英単語をこまめに復習しよう。

逃避目的としての「青春」コンテンツから立ち上がる特別な感情について⑴

 僕は中学二年の春辺りからいわゆるオタク文化に触れて、思い切りハマって、そして高二の春にはすっかりそれらのコンテンツが大嫌いになっていた。

 僕は中学受験をして、B中学に入学した。 元々はJ中学に入るつもりで勉強していたのだが(今となっては考えられないが、なんと塾にまで通っていた!)、不合格で、意気消沈の僕を見かねた父が、B中学の後期を受けてみないかと提案してくれたのだった。 その時の僕は、この「受験に負けた」という感覚を拭わなければ、この先の人生においても負け犬になってしまうぞ! などという強迫観念から、その場で「うん」と返事をした。 居間のソファに寝転がって、涙さえ流していた僕だったけれど、今思えば、その場の短絡的な感情に流されていたとしか言いようがない。 また、当時もそういった自らの心理の動きを感じ取ってはいたような気がするのだが、小学生の僕は今の僕よりも「勝つ」とか「負ける」とか、そういうことに強くこだわっていた。 そして一週間くらいの、割と本気の受験勉強を行なって、そこには受かった。

 が、毎月毎月高額な授業料を払った挙句、中学二年の夏に退学してしまった。

 可愛い子がいなかったからである。 

 ちなみに、そのB中学にいた間のお金を合計すると、多分200万円相当になる。 書きながら、とてつもない罪悪感が胸に立ち上ってくる。 将来小説家になったら、賞金は両親に捧げようと思う。

 しかし、その時の僕には、先の問題は耐え難かった。 また、周りの人間ともうまくいっていなかった。 今思えば、僕が付き合っていた人間たちは、悪人でもすこぶる性格が悪いわけでもなかった。 ただ、僕は男子数人で騒ぐ時のノリみたいなものが嫌でたまらなかったのだ。 タイトルの、「青春」コンテンツでは、男子同士の友情というものは相当に美化されて描かれることが多いし、実際、見ててとっても仲が良さそうである。 だが、実際その中に身を置いてみると、現実はそんなに暖かいものではないのだ。

 例えば、男子グループ特有のノリとして、〈いじり〉というものがある。 誰かの欠点について言及したり、ちょっと小突いてみたりして、仲間内の笑いを誘うものを言う。 いじりの表面は、その目的通り大抵が笑いに溢れており、一見馬鹿らしいただの日常である。 しかし、実際、いじられる側は大抵のいじりに嫌気が指しているし、それを見ている側も、「こいつ大丈夫かな、結構傷ついてないかな。 と言うかこいつ言い過ぎじゃないかな」などと思っているものだし、いじる当人も当人で、笑いを取ること、あるいは仲間内の主導権を確立することに一生懸命で、おそらくは楽しくなどないのである。 僕自身、いじられる側に立ったことは結構あるし、いじられることに苛々している友達の愚痴を何度も聞いたことがある。

 いじりという形態に限らず、(女子もあるだろうけど)男子のグループというのは、見た目以上に小さな権力争いとか、いわゆる「マウントの取り合い」というやつがままあって、当時の僕はそういう類のことにすっかりうんざりしていたのだ。

 今もその思いは変わっていない。 だから、高校に入っても、結局のところ特定のグループとつるむということはなかった。

 そういうわけで、中学二年の僕は、ドロドロとした現実に嫌気がさして、「高校の青春」というファンタジーに逃避するようになった。 それが「オタク文化」というわけである。 

2014年度早稲田文化構想学部英語反省資料、及び残り十四日の計画について

点数の推移(文化構想学部のみ)

一回 国語55 英語43 日本史28 合計126

二回 国語62 英語32 日本史29 合計123

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 さらに、こちらの資料を加味して、今回の英語の点数と組み合わせて仮総点を出すと次のようになる。

今回 国語59 英語51 日本史29 合計139*1

目標 国語60 英語55 日本史35 合計150

分析・傾向

  • 単語・熟語の知識問題で七点分落としている。
  • 文法ミスにより一問長文問題を落としている。 少しニッチな文法知識が必要となることは今までなかったので、珍しいケースと言える。
  • 大問ⅡのCで四点分落としている。 きちんと読んでいれば解けていた問題。 長文の中でも、長い上に、結構な知識を必要とする大問であるため、注意が必要である。 本番までの演習がてら、この大問Ⅱをやって行くのもいいかもしれない。 大問Ⅰ・Ⅳは知識問題であるし、Ⅲの対策は既に終わっているから。 大問Ⅴに関しても、特別な対策がなくとも、問題自体が易化しているので大丈夫かとも思われるが、一応審議に入れておくべきではある。
  • その大問Ⅴに関してだが、こちらはこちらで大問Ⅲの時のように、独自の解き方を作るのも良いと思われる。 それから、一回ぐらいは、先生などに見てもらった方が良いだろう。

今後の対策

  • 何よりも大事なのは、英語の感を鈍らせないことである。 英語(国語もそういう一面はあるが)というのは、解答の能力が身についていたとしても、少し放っておくとすぐに解くことが困難になる教科である。 特に、長文ではその傾向が顕著に出る。 そのため、残りの十四日間、コンスタントに演習を積めるかが勝負になってくる。
  • 残りの演習残弾数は十分である。 過去問を丸々解かない日は、文学部2008~2010年度の英語大問Ⅲもしくは大問Ⅴを解き、研究するとともに、解答時間を削減するよう対策する。 また、英語を解いた後には、難単語のうち、文脈によって理解できない単語は、単語帳に記録し、しばしば確認すること。

残り十四日の計画について

  • 日本史・英語は既に記述した通りである。 また、国語も、勘を鈍らせないため、今持っている過去問は、期日までに解いておく。 不測の事態があってはならぬから、一、二年分早めに解いておく。 もしかしたら、点数がとんでもなく落ちているかもしれない。 得点開示の情報などを回った結果、どうやらこの学部、国語で落とすと、相当きつい、というか、入学不可能なようである。 その点、国語が元々できたのは幸運というべきか。
  • また、入試本番の日程が確定したため、その通りの時間で、模試をするのが良いだろう。 服装なども、本番の通りに。
  • これからの二週間、集中力をどれだけ高められるかが鍵となる。 一回一回のテストや演習を大切にしよう。

*1:国語と日本史の点数は、今までの平均をとった

2015年度早稲田文化構想学部日本史反省資料

 

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  こちらを踏まえて、改めて戦略を練りたいと思う。

点数の推移

一回目  28

二回目  29

三回目  32

四回目  25⇦(今回)

目標   35

分析・傾向

  • 総問題数は43問だった。 回答不可能なものが一問、教科書欄外レベルのものが五問、実況中継本文レベルのものが五問、実況中継ノートレベルのものが六問、漢字のミス(これもノートレベルと言えるだろう)が三問、ケアレスミスが一問という内訳。
  • ノートレベルを完璧に仕上げれば35点には届くという予想は間違っていなかったようだ。 だが、そのためには、最低でも星②レベル、万全を期すなら星①レベルまで完成させねばならない……が、果たしてその時間はあるだろうか?
  • 明日、教科書を持ち帰り、欄外の多さなどを確かめてみる。 可能なら、やるのもありかもしれない。 英語の難単語をまとめたことがとても有効だったように、こちらも案外良い効果を発揮するかもしれない。
  • 現状、問題によって大きく点数が異なる。 というのも、実況中継本文レベルの問題が解けるか解けないかは、出てきた問題の傾向による、つまり運に依っているからである。

今後の対策

  • 前述より、私が最初に考えるべきは、そもそも日本史に頼るべきかどうか、という点だろう。 普通に考えれば、日本史で無理やり五点あげるよりも、国語や英語なんかで一問正解を増やす方が簡単である。 だがしかし、本学には「標準化」という制度が存在する。 だから、今年の合格者平均によっては、大きく日本史の点数を下げられてしまう恐れだってあるのだ。 それがどの程度のものなのか、それが鍵だ……。
  • ということで調べ直してみた結果の結論は、日本史は35取ろう、という話であった。 で、その35をどこから引き出してくるか。 今までの戦略にのっとれば、これまで通りノートをやって八問を取得して35につなげる、と考えるところだが、これに加え、教科書欄外の部分も学習内容に入れることとする。 勿論、明日、教科書のフォーマットを確かめてからの話ではあるが。
  • そしてもうひとつ重要なこととして、英語と国語を疎かにしないことだ。 むしろ、そっちが主体だと考えた方がいい。 また、その二教科を解く実力自体はもうついているので、本番で落としてしまうのは勿体ない。
  • まとめると、今後の対策は、ノート星②と教科書欄外とする。 また、残りの過去問残弾数は一年であるため、大切に使用すること。
  • さらに、文化構想学部の得点開示の画像をいくつか回ってみた。 すると、少なくとも日本史の場合、平均点の近くにいれば、少なくとも4〜5点のマイナスで済むようであった。 気をつけねばならないのは英語と国語であるようだった。 ちなみに、全体のプラマイとしては、何か致命的な教科がない限り、十点以内で収まっているようだった。 現在の学力で受かるかはすれすれのところだが、やってみる価値はあるだろう。

 

2016年度早稲田文化構想学部日本史反省資料

点数

今回 32

目標 35

傾向・分析

  • 今回は、いつもに比べ、難しい問題が多かった印象がある。 調べてみたところ、44問中8問が、教科書や図表の欄外のさらにすみの方の知識など、回答不可能と思われるものだった。
  • ノート星②を行って得られる点数はあと二、三点といったところだった。
  • ただ、知識の基盤はだいぶ固まってきている。

今後の対策

  • 前述した通り、今回の問題が不当に難しかった恐れがあるので、もう一年過去問を解く。
  • その上で、もう一度同じような分析結果が出るようなら、ひたすら教科書の欄外を読みまくる、という手もありかもしれない。

紳士であるということ

 

 

鋼鉄の華っ柱 コミック 1-9巻 セット (少年サンデーコミックス)

鋼鉄の華っ柱 コミック 1-9巻 セット (少年サンデーコミックス)

 

  鋼鉄の鼻っ柱*1という漫画がある。 この作品に出会ったのは中学生の頃だったろうか。 中学生の俺は、主人公、御前崎真道にシビれた。 真道は、どんな屈辱にあっても、怒りで我を忘れない。 どんなに馬鹿にされても余裕の笑みを絶やさない。 不幸のどん底に叩きつけられても、優雅にニコリと微笑んでみせる。

 それでいて、女性や仲間を守るため、何より、自らの誇りを守るためには、あらゆる手段で反撃するのである。 そして彼は強い。

 真道は、とんでもない大金持ちの家に生まれ、眉目秀麗、成績優秀、運動神経抜群であった。 しかし、物語の第一話で、両親の会社が倒産し、全ての資産が奪われ、ムカつくセレブ連中に蔑みの視線を浴びせかけられる。 だが彼は自分の道を曲げない。 絶望的な状況であっても、彼はどこまでも紳士なのだ。 読んでいただければ、彼がどんなに格好いい男か、理解していただけると思う。

 久々に真道と再会して、俺は今の自分のダサさを痛感した。 認めよう。 現在、俺はあらゆる方面に渡ってダサい男である、と。 普段の行動を振り返ってみても、全く格好いいところがない。

 俺は、「格好いい」とは、「格好つけること」であると考えている。 嫌なモノにはノーを言おう、泣いている子供に風船をあげよう、資本主義を蹴り飛ばそう、愛する女性に花を贈ろう。

 だが、格好つけるとはそんなに簡単なことじゃない。 格好つけるとは、意地を張るということだ。 下賤な欲望や、世の中の矛盾、また、自分の自信の無さと正面から向かい合って、戦闘のポーズを崩さぬことだ。 真道のような漫画の世界のヒーローは、それができてしまう。

 何故我々ができないか。 それは、我々が弱い人間だからだ。 満たされていないものに、本当の余裕は生まれない。 本当の余裕がない者に、格好つけることなんてできやしない。

 いや、勿論、弱い人間でも格好をつけることは可能だ。 しかし、それは一瞬間だけに限る。 大抵の人にはそれぞれ大切なものがある以上、それを守りきる力がない限り、意地を張り続けることはできないからだ。

 だから、半永続的に紳士であるためには、力が必要だ。 なんでも手に入れられる人間だけが、あえてそれをせずに、粋な生き方を選択できるのだ。

 よし、俺は、紳士な男になるぞ! 真道のような、格好いい人間になってやるぜ!

 

 

*1:他の著書に、ドラマ化もされた「今日から俺は!!」などがある。 他にも「天使な小生意気」「道士郎でござる」など、たくさん面白い漫画を描いている。 現在、一巻が無料! 読むべし!