小説の切れ端

 今日は現代文のテストだった。 一つには出てきた小説がなんだか良かったことと、二つには退屈であったことから、僕は何か文章を書くことにした。 そうすると、なんだか小説の切れ端のようなものができた。 言い方を変えるなら、小説の滓である。

 

 吐く息の白さが、中華スープのとろみに似ている。 夜の静けさに溶け出して、空に乳白色の霧ができた。 

 二の腕を擦りながら線路沿いを歩く。

 東京には様々な種類の夜がある。 無機質で冷たい、アルミのような夜がある。 昔の恋人とビールを呑み交わす夜がある。

 

 まだ全然雑だけど、第一文は結構気に入っている。 なんとなく、東京の夜道を歩く二十代の女の人が想像される。 黒のスーツを着ている。 今彼氏がいるかどうかは知らないが、もしいなかったとしても、彼氏いない歴は七ヶ月か八ヶ月くらいだろう。 似合う音楽はチャットモンチー。 特に芸術的感性に優れているわけでも秀でて理知的であるわけでもないが、かといって出来合いの考えに拘泥するようなことはない。 割と溌剌と、日々のつまらない仕事をこなすことができる反面、十代のような傷つきやすさと不安を抱えていて、また、主に人間関係において、少し不器用なところがある。 多分こういう感じの女性だろうと推測する。

 傷を負った心臓を抱えたまま、悲しみの海に身を横たえたまま、何にも責任転嫁せず、言い訳せず、依存せず、頑張って生きている女の人というのは素敵だ。 どんなに見た目が平凡でも、言動が不器用でも、そういう人はとても綺麗に見えるものだ。